画面中央に舟が浮かび、その上で男が釣り糸を垂らしています。この漁夫は俗世から離れて隠遁生活を送る高士なのでしょうか。

この掛け軸は東京国立博物館が所蔵する伝馬遠筆「寒江独釣図」(重要文化財)にもとづく作品です。「寒江独釣図」は東山御物とよばれる足利義政の収集品のうちの一品で、室町時代以降は中国宋代の名画として大変珍重されてきました。本作はいわばそのレプリカで、有力者が名品を手元に置いて鑑賞するために制作されたのでしょう。本作は画面右下に栄信のアレンジが見られ、柳や岩が新たに描き加えられています。

画面に近付いて見てみると、人物の衣を描く大胆な筆致と、顔貌表現の繊細さが対照的で、コントラストが効いています。水面の表現も秀逸で、まるで舟が穏やかな波にのって揺れているかのよう。人物、舟、樹木のすべてが細やかに彩色され、丁寧に制作されたことが窺えます。


狩野栄信(ながのぶ・1775~1828)は木挽町狩野家第8代目の当主で、家治、家斉の二代にわたって将軍の御用を務めました。本作品は落款より法眼期、つまり1802年~1816年に制作されたことがわかります。